【福島県】飯野八幡宮 巫女アルバイト募集 

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■仕事内容

・御札・御守・おみくじ等授与 ・御祈祷受付業務 ・神社護持活動(清掃等)、神社一般業務 ※屋内で行う(空調あり)業務がメインです。

■給与

時給800円以上 ・昇給あり シフト

勤務日数 週1日勤務以上

土、日のどちらかを勤務出来る方 ・祝日も勤務出来れば尚可 シフト自己申告土日祝のみOKテスト期間のシフト相談OK

■勤務時間

・9:00~16:00(残業なし)

■アクセス

福島県いわき市平字八幡小路84 いわき駅から徒歩20分程度 車通勤OK

■休日休暇

・土、日以外

■待遇

・交通費支給 ・巫女装束(みこしょうぞく)貸与 ※助勤時には着付けなどもお伝えします

■応募資格

未経験・初心者OK経験者歓迎学生歓迎フリーター歓迎無資格OK ・女性限定 【男女雇用機会均等法適用除外求人】 ・土、日勤務可能な方 ・長く継続して勤務出来る方

転載元

【神社情報】

■御祭神

品陀別命 ほんだわけのみこと

息長帯姫命 おきながたらしひめのみこと

比賣神 ひめがみ

■御由緒

社伝によれば、康平6年(1063)源頼義が奥州合戦(前九年の役)出征の時、京都石清水八幡宮を必勝祈願のため勧請したという。しかし、文治2年(1186)関東御領好嶋荘の総社として、源頼朝の命により本社石清水より御正躰を奉じて、赤目崎見物岡(現いわき駅北の高台)へ祭祀したとの別伝も記録に見られる。建永元年(1247)時の執権北條時頼は、幕府政所執事伊賀光宗(宮司飯野家の祖)を好嶋荘の預所に任命した。以後代々預所職と神主職を兼ね、現宮司飯野光世にいたる。爾来星霜を経て、南北朝の騒乱は当社にも及び、兵火の災にあい社殿を焼失。建武2年(1335)足利尊氏に訴願して、好嶋荘地頭衆に命じ修復させた。この間、建暦元年(1211)御浜出の神事(潮垢離)、貞和2年(1346)放生会における流鏑馬の神事が行われるなど、数多くの祭礼行事がととのった。室町時代には神領の減少が見られたが、菊田・磐崎・磐城・楢葉・標葉の岩城五郡の総社として、岩城氏を始め一般庶民からも厚い信仰を受けた。特に岩城氏は数度にわたって所領を寄進し、天文20年(1551)岩城重隆は梵鐘を奉納した。慶長7年(1602)鳥居忠政が岩城平領主となり、新たに築城するにあたり、旧地を離れ、現在地に遷座したとされる。慶長19年火災に遭い、元和2年(1616)再建された。当初は前殿付き流れ造りであったが、延宝2年(1674)の大改修で桁行三間梁間三間のこけら葺入母屋造りとなり、幣殿・拝殿も造立された。幕府から神領として四百石の朱印地が与えられ、歴代の磐城平藩主も五十石の土地を寄進するなど、篤い崇敬によって護持されてきた。本地垂迹の説によれば、八幡大菩薩の本地仏は阿弥陀如来という。そのため、境内には武内社、春日社、白旗社などの末社の他、阿弥陀堂、釈迦堂、地蔵堂、十王堂、鐘楼などの佛堂が立ち並んでいた。さらに境域を取り囲むように、周辺には16の供僧寺が軒を並べて連なり、ひときわ荘厳さを加えていた。宮司飯野家のもとで、社家32人、神子8人、真言宗16ヶ寺の供僧たちが奉仕していた。明治初年の神仏分離令により、供僧寺とともに佛堂施設も除かれた。明治12年県社に列せられた。明治6年、宮号の使用が禁止された後は飯野八幡神社と称していたが、昭和36年飯野八幡宮の古称に復した。

■所在地

〒970-8026

福島県いわき市平字八幡小路84

0246-21-2444

■交通

いわき駅/八幡小路~平行きバス/6分 八幡小路下車