【東京都】浅草神社 令和元年正規巫女職員募集

NO IMAGE

募集要項

【募集職種】 巫女

【採用人数】 若干名

【採用条件】 20〜25歳の未婚女性。高卒以上

【必要資格】 特になし

【選考方法】 書類選考後、面接

【必要書類】 履歴書・職務経歴書、健康診断書

【応募方法】 事前に電話連絡の上、必要応募書類を下記の住所までご郵送下さい。

〒111-0032 東京都台東区浅草2-3-1 浅草神社 担当:高橋

【面接日時】 随時(書類選考通過者にお知らせ致します。) 勤務条件 ※詳細は面接時に説明

【奉職内容】 神明奉仕を基とした、祭典・御祈祷・挙式への奉仕、清掃及び事務、授与品の奉製・頒布、伝統文化継承事業、青少年教化育成活動、接客、電話対応その他。

【給与】 基本給150,000円〜(月給)

【昇給・賞与】 面接時に説明致します。

【勤務地】 浅草神社(東京都台東区浅草2-3-1)

【勤務時間】 8時半〜17時半(変動あり)

【休日】 4週6休(シフト制)※1月5月12月は4週5休

【諸制度】 昼食支給、交通費支給、試用期間3ヶ月 各教室(巫女舞・書道・雅楽)※無料

【お問い合わせ・連絡先】

浅草神社 〒111-0032 東京都台東区浅草2-3-1 担当:髙橋 TEL:03-3844-1575 FAX:03-3841-2020

転載元

【神社情報】

■御祭神
土師真中知命
檜前浜成命
檜前竹成命
■御由緒

推古天皇の御代三十六年(六二八)三月十八日の春麗らかなる朝、漁師の檜前浜成・竹成の兄弟が、浅草浦(現隅田川)で漁労に精を出していたところ、その日に限り一匹の魚も獲れず、投網に掛かるのはただ人形の尊像だけでした。しかしそれが観音像とは知らずに、幾度か海中に投げ入れ何度場所を変えても同じ事の繰り返しです。流石に兄弟は不思議に思い、その尊像を捧持して今の駒形から上陸し槐の木の切株に安置しました。そして当時郷土の文化人であった土師真中知にその日の出来事を語り一見を請うたところ、同氏は「これぞ聖観世音菩薩の仏像にして現世御利益仏たり、自らも帰依の念深き仏体である」と告げられました。

兄弟はその功徳を知りなんとなく信心をもようされ、深く観音を念じ名号を唱え、「吾ら漁師なれば漁労無くしてはその日の生活も困る者故、明日は宜しく大量得さしめ給へ」と厚く祈念して、翌十九日に再び浦々に網を打ったところ、船中は願いの如く溢れんばかりの魚に満ち足りました。

土師氏は間もなく剃髪して沙門(僧侶)となり自宅を新たに寺と構え、先の観音像を奉安し供養護持の傍らに郷民の教化に生涯を捧げられました。

これが『浅草寺縁起』に見られる観音御示現に伴う浅草寺の起源であり、その御利益を求めて時の将軍や武家をはじめ庶民に至るまで多くの参詣者を得て、寒村であった郷土は興隆・発展の一途を辿ります。

後世となり土師氏の子孫が聖観世音菩薩の夢告を蒙り、「汝等の親は我を海中より薫護せり。故に慈悲を万民に施し今日に及びしが、その感得供養の功績は称すべきなり。即ち観音堂の傍らに神として親達を鎮守し、名付けて三社権現と称し齋祀らば、その子孫・土地共に永劫に繁栄せしむべし。」との託宣があり、前述三氏の末孫が崇祖の余り三人を郷土神として祀る三社権現社が茲に創建されました。

正確な創建年代は不明ですが、その起源と経緯や各時代の縁起等に記される伝承を鑑みて、仏教普及の一つの方便である「仏が本であり、神は仏が権りに姿を現じた」とする権現思想が流行り始めた平安末期から鎌倉初期以降と推察されます。

奇しくも明治政府より発せられた神仏分離令により、明治元年に社名を三社明神社と改めて、同五年には社格が郷社に列せられ、翌六年に浅草郷の総鎮守として現在の浅草神社に定められました。今でも氏子の方々にはその名残から「三社様」と親しまれています。

■所在地

〒111-0032

東京都台東区浅草2-3-1

TEL:03-3844-1575

FAX:03-3841-2020

■交通

地下鉄/東京メトロ銀座線浅草駅から徒歩7分

地下鉄/都営地下鉄浅草線浅草駅から徒歩7分

東武線浅草駅から徒歩7分

つくばエクスプレス浅草駅より徒歩10分