【京都府】梅宮大社 令和2年年末年始臨時奉仕巫女募集

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募集要項

■募集人数 8名

■奉仕期間 令和元年年12月31日~令和2年1月5日

※1 業務内容 握舎(仮設授与所)授与・神酒接待

■給 与 時給950円(二年目以降1000円)+交通費(食事付き)

※1:12月31日~1月1日の奉仕のみ必須条件、他日は欠勤も可(ただし面接時若しくはなるべく早期に都合の悪い日を申告のこと)

■募集条件

募集年齢 18歳~28歳(ただし高校生は除く)

通勤距離 片道1時間程度まで

 

■交通費

片道1000円以内

・募集期間は10月1日~定員を満たした時点まで。

・希望者は履歴書を社務所まで送付(直接持参も可)のこと。

採用については書類選考の後、面接を行って決定します。 (ただし、前回採用者は面接を免除致します。)

・採用者は奉仕内容等を説明致しますので、12月15日に行う研修会に必ず参加していただきます。

※ご連絡お問い合わせは社務所(下記)まで

〒615-0921

京都市右京区梅津フケノ川町30梅宮大社

(TEL)075-861-2730(FAX)075-861-7593

Eメール:gu-ji@umenomiya.or.jp

【神社情報】

■御祭神

・酒解神

・酒解子神

・大若子神

・小若子神

■御由緒

今から凡そ千三百年前、橘氏の祖・諸兄(モロエ)公の母、県犬養三千代(アガタイヌカイミチヨ)が、橘氏一門の氏神として始めてお祀りした神社です。その鎮座の地は山城国相楽郡井出庄(ヤマシロノクニソウラクグンイデノショウ)すなわち、今の綴喜群井出町付近であったと伝えられています。 其の後、天平宝字年中、千二百五十年ばかり前に、聖武天皇の妃・光明皇后と藤原武智麻呂〔ムチマロ)夫人の牟婁(ムロ)女王が奈良の都に御遷座になり、更に泉川(木津川)の上流かせ山を経て平安時代の始め、嵯峨天皇の皇后・橘嘉智子(タチバナノカチコ<檀林皇后>)によって現在の地に遷しまつられました。当時、皇后は親しく行啓して盛大な祭儀を行われましたが、神前で雅楽が奉納されましたことは、此の時を最初の例とし以来、梅宮祭は四月上の酉の日に行われ、雅楽祭の名を高めました。 仁明(ニンミョウ)天皇は、千百五十年ばかり前、承和年中にこの祭を特に名神祭という国家の主要な神祭の中にお加えになり、醍醐天皇の御代に定められました延喜式(エンギシキ)では、国家の制度にのっとり、名神大社というもっとも高い格式に置き、祈年祭(トシゴイマツリ)・月次祭(ツキナミサイ)・新嘗祭(ニイナメサイ)には朝廷からの幣帛(ヘイハク)を新饌台(シンセンダイ)の上に載せて奉るという、案上の官幣と呼ばれる最高の儀礼をもってまつられることになりました。 更に日本中で特選された二十二の大社の中に加えられ、明治の初めには官弊社に列せられました。 相殿四座がおまつられになりましたのは、文徳(モントク)天皇の仁寿年中で、千百年ばかり前のことです。 代々橘氏の長者がお仕へしていましたが、県犬養三千代夫人が橘氏の祖でありますと共に、藤原不比等公の夫人となられました御関係から、藤原氏の摂政又は関白の家筋の方が橘氏長者を代行され、此の神社に藤原氏の氏神の春日神社と同様の崇敬を捧げられました。 このように橘氏は橘・藤原の二氏が長者となりましたので、特に此の氏(橘氏)に限って長者の事を是定(ゼジョウ)と呼ばれていました。もって橘氏の家格の尊さと梅宮大社の神威の偉大さがうかがわれます。

■所在地

〒615-0921

京都市右京区梅津フケノ川町30

TEL: 075-861-2730 FAX: 075-861-7593

■交通

【車】

京都南インターを北向に出る。 北上して九条通を左折、直進し葛野大路につき当たって右折。 葛野大路を北上、四条通につき当たって左折。うめのみやたいしゃ 四条通を西進、梅津段町交差点で狭くなる。さらに西へ900m。 「梅宮大社前」の信号を右折。つき当たりが駐車場です。

 

【大型バス】

「梅宮大社前」の手前まで、車と同じ。 進入路が狭いので、「梅宮大社前」のひとつ前、「梅津西浦町」バス停前の信号を右ナナメに曲がり直進。 [左:サンコール様、右:業務スーパー] ここからでないと進入できません。

 

【市バス】

京都市バス 【3】・【28】・【29】・【71】系統にて「梅ノ宮神宮前」下車。すぐ前方の信号を右へ渡る。

 

【JR】

京都駅よりタクシーで30分(2500円ほど)。 又は、七条口より市バス【28】系統。八条口より市バス【71】系統を利用して「梅ノ宮神社前」下車。

 

【私鉄】

阪急電車 嵐山線「松尾大社」下車、改札を出て正面の道を右へ。 桂川を渡って東進。川から2つ目の信号を左へ曲がる